心を安定させて救われる方法

スピリチュアル

【ご注意】このブログ記事は著者の独断と偏見で書いています。こちらの内容にどうしても、ついてこれない場合は時期が来ていないと思われますのでスルーしてください。

 

さて、この世は迷いの多い世界ですが、

このような世界に人間は何のために
生まれてきたのかというと、

魂のレベルで自己を表現したいという欲求
満たすために、生まれてきたのです。

仏教ではこれを渇愛とよんでおります。

人間の魂は常に「愛に渇いている」ということ
ですが

この「愛」は、仏の慈愛やキリストの無償の愛と
違って「執着」するということで「欲望」のことです。

また仏典では単に執着というよりも妄執という
言葉も使われます。

妄想の「妄」に執着の「執」です。

妄執は欲望の原因ですべて欲望から人間の
悩み苦しみが生じてくるので、

仏教では執着から離れること、すなわち解脱
を推奨しています。

人間があることに執着しているということは
心が平静を欠いた状態であり危険なことです。

しかし、人間が「欲望」から離れるのは容易
なことではありません。

すべての人間が欲望から離れてしまえば
人間社会は成立しないでしょう。

そこで古代インドでは本当に魂が救われる
ことを願う人々は普通の人に迷惑にならない
ように出家し森に棲んで

ヨーガや瞑想などを行って心の安定
取り戻していました。

これによって、病気の人は病気が治って
健康になるだけでなく、

精神的な悟りを得て真に心の安定を得たのです。

この「心の安定」(心の平和)を得ることは
非常に重要なことで、

これこそが仏やキリストの教えの根本と言っても
過言ではないでしょう。

なぜなら人間が心身の健康を保つためには
精神が安定していなければ、ならないからです。

そのことを裏付けるベイツ・メソッド
という視力回復に関する理論が

視力回復ソロ・プロジェクトという
ブログに紹介されています。

ベイツ博士はある少女が一時的な近視を発現したのは
彼にうそをついた時だったという例を発表した。

このことは彼にとって極めて重要だったのは、
心配事があると近視になりがちであるという、
近視についてのその他の発見とも合致していたからだ。

眼は常に同じとは限らない、屈折力障害は瞬間ごとに変化し、
身心の緊張によりひどくなり、リラズゼーションにより
緩和されることが判明した。

出典:視力回復ソロ・プロジェクト
http://blog.livedoor.jp/xarra/archives/199522.html

このベイツ博士の研究結果は視力に関するものですが

「心の状態」が視力にまで影響する
ことが、おわかりだと思います。

ベイツ博士の研究は魂の向上を求める者にとって
非常に参考になります。

心が救われることで心身が好転するのであれば、

やがては人生そのものも、好転させることが
できるという可能性にも思い至ることができます。

そして私が継承して提唱している
神道に伝わる「鎮魂法」こそが

仏教の瞑想と並んで
人間の「心を安定させるシステム」

であり、それゆえ今後、人類全体の幸福に
確実に貢献できるメソッドであるという
確信を持つことができるのです。

ここで仏教の「瞑想」と神道の「鎮魂法」
の違いをいいますと

仏教の瞑想は「静」の瞑想法であります。

禅宗では先達の指導の下で座禅を行うことが
ありますが、

釈尊が「私に師はいない」といって
単独で菩提樹の下で成道したことを
見てもわかるとおり

精神集中のために本来は一人で端坐して
修行します。

これに対して鎮魂法は「動」の瞑想法
でありまして、

基本は仏教のように早朝に端坐して
一人で行うのですが、

「動」の瞑想なので大勢で一緒に
行っても支障ありません。

むしろ、明るくにぎやかな方が
陽気になるので良いのです。

座禅を大勢でいっせいに行うことは
難易度が高いですが

鎮魂法であれば教室のようなところでも
いっせいに行うことができるので

みんなで一緒に瞑想を楽しむことが
できます。

「自分も他人も楽しみながら一緒に救われる」

これこそ神ながらの道といえるでしょう。

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